【Novels】月日は百代の祝賀にて 第38話

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 図書準備室の向かうまでの間、複数人からの好奇な視線を感じるたびに足取りが重くなる。百代には一言苦言を呈したい気持ちは増すばかりだ。
 準備室の前まで来ると百代の声が聞こえる。ただ、聞きなれない声も耳に入り百代の友達なのか他に誰か来ているようだ。
「遅いわよ」
「女性をまたせるなんて、たいした男じゃないか」
 扉を開けた先はいつもの部室風景ではあったのだが、意外な人物が百代や海端と並んで座っていた。
 なかなか目にかかれない程の面の良い男がそこにいた。おそらく俺よりは背が高いだろうその男は、すらっとしてはいるが決して細身とは感じない平均的な引き締まった体が服の上からも見て取れた。
 そして何故か窓際に椅子を移動させ、入り込む日の光を頼りに片手で本を読んでいた。見覚えのある顔だった。というか百代と同じく、良い噂と悪い噂が同じくらい耳に入る有名人だから、ほぼ学校の生徒たちは名前を憶えているだろう。
「A組の初霜炬燵(はつしも こたつ)だったかな」
「やはり僕の知名度は抜群のようだね」
 俺の言葉に満足気な表情を浮かべて手に持つ本のページを進めていた。
 傍から見たら格好をつけているように見えるが、炬燵の容姿も相まって実際様になっている。こいつの良い噂の部分ではある。ただ若干気障な仕草をしているのが気にはなったのだが……炬燵が手に持つ本を見ると、俺はそんな気にならなくなった。
「お前、それ何をよんでいるんだ?」
「ん?これかい。そこの本棚にあったものだよ」
 炬燵の持つ本は一般的な文庫本や単行本より薄く大きいものだった。表紙には低学年の子供が好みそうな絵も描かれている。……児童書だろうな。
「なんでその本を読もうと思ったんだ?」
「なぜかって? この本が一番僕のフィーリングにビビットしたからさ」
 周りの評判から半信半疑打はあったが、評判通りの回答に納得せざるを得ない。視線を百代達に向けると二人とも遠い景色を見るような無感情の表情を浮かべていた。炬燵の悪い噂を端的に表していたが、俺は若干親近感も覚えていた。

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