【Novels】月日は百代の祝賀にて 第6話

The Month and day

 自転車のサドルに尻を着けず、ペダルを懸命に回してみると、おそらく普段の半分程度の時間で目的の学校までついた。
 シャツが十分に汗を吸い、俺は息をゼイゼイ吐きながら、校内にある駐輪場へと無事到着した。
 もう既に大量の自転車が停められていたが、何とか空きスペースを見つけた。籠に 入れていた通学鞄を手に取ると体育館の横を通り過ぎ校庭に出る。
 校庭の外周には桜の木が植えられており、根元には少量の桜の花が落ちていた。ここ数日強い風が吹いていた覚えはないが、毎年あっという間に散ってしまう。
「もっと見ていたいけどな」
 桜の儚さを愁いでいる、そんな俺自身に若干の自己陶酔を感じていたわけだが、校庭の一か所に大勢の生徒が屯する光景が目に入り、本来の目的を思い出した。
 学生服を身にまとって談笑する彼らの声は、その人数の多さも相まって遠くまで聞こえるほどの騒めきとなっている。
「しまった。出遅れた」
 慌てて彼ら彼女たちが屯する場所へと急いで向かっていった。

 同学年の紺や白の学生服をまとった生徒達。間から、コンクリート造りの高さ二メートルほどの万年塀に、五枚ほどの四方一メートルはあろうかという大きめの紙が張り出されていた。彼ら彼女たちはこの張り出された紙を、そこに書かれた何かを見て哀歓を共にしているようだ。
 かく言う俺自身もその紙を、そこに書かれた内容を早く確かめたかった訳だ。
「すまん。ちょっと開けてくれ」
「通る……痛っ、ちょっと……」
 全然動く気配のない人だかりを、縫うようにして抜けて行くつもりだったが、顔に肘が当たるわ、生徒たちが尻ではじき出そうとしてくるわ、案の定全身もみくちゃにされた。
 ようやくその張り紙の内容が確認できる場所まで進むことが出来た——若干胸が高鳴ってきた。
「俺の強運……頼むぞ」
 祈りながら、まず一番左側に張り出された紙を確認する。1―Aと書かれたその下に、あいうえお順に生徒の名前が続いていた。俗にいうクラス名簿だ。
「俺の名前は……」
1―A、1―B、1―Cと、見知らぬまたは知っている名前を順に追って行き、漸くドキドキしつつ眺めて、ようやく自分の名前を見つけた。
 小綬餅太郎(こひも もちたろう)。俺の名前だ。小難しい名前だということはご容赦願いたい。
 自分の名前を見つけて少し安心したが、まだ不安が残る。
 張り出されている名簿に、見覚えのある——できれば気心の知れた知り合いが、同じクラスにいること願って目を運ぶ。
頼むぞ。

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