【Novels】善玉風子の災難「美化委員」

The disaster of Fuko

 本日の授業が終わり、生徒たちの流動が激しくなったばかりの放課後。
 校舎同士を繋ぐ渡り廊下にて、私こと善玉風子は注意深く右に左に目を配り、走る生徒を見つけては、その不届き者達を呼び止め指導を行う。
「ふう、今日はこんなものかしら」
 一通り生徒たちの行き交いが落ち着いたので近くの自動販売機でジュースでも買おうかと思い目を向けると、その自動販売機横で見知った顔が見受けられた。
「誇ちゃん!」
 同学年でもある彼女、煤払誇ちゃんと初めて会ったのは今年度の各委員会の集まりの時だ。委員の顔ぶれを吟味した際、一際自身の美化委員活動を熱く語っていたのが印象的だった。
 そこから意気投合した私たちは、学校生活や私生活について何かと相談する仲だ。
「あーっ! 風子ちゃん!」
 自動販売機横のごみ箱を纏めていた彼女は一旦手を止めてこちらに向き直った。

 ばったり渡り廊下で出会った私と誇りちゃんは、他愛のない話もそこそこに、いつのまにやら互いの委員会活動に花を咲かせていた。
 彼女の高い美意識を聞いていると、私も風紀委員として出所の分からないライバル意識が沸々と湧いてくる。
「物好きねー、でも綺麗好きな誇ちゃんには合ってるかもね」
「あ! 風子ちゃん、肩に埃が付いてるよ」
 誇ちゃんが私の肩に手を伸ばして軽く払ってくれた。自分のずぼらな部分を見られたようだ、若干恥ずかしい。
「気付かなかった、ありがと、誇ちゃん」
「私がこの学校を美化をしていくの!」
 私がお礼を述べた後、誇ちゃんは握りこぶしを突き上げ雲が浮かぶ青空に宣言していた。
「張り切ってるね! 私も協力するから何かあったら言ってね」
 まぶしい彼女の姿に、私は迷わず協力を申し出ていた。

 学校の渡り廊下で誇ちゃんが決意表明を行ってから一ヶ月。
 私も自身の風紀活動に邁進して、つかまえた生徒たちを見ている中、ある変化に気づいた。
 私たちの学校はどこにでもあるような普通の学校であり、不良が廊下の真ん中を我が物顔で闊歩するような雰囲気も持ち合わせてはいない。
 ごく一部のファッションに感度が高い、若しくは少しだけおませな男子女子が異性を意識して数センチ制服に手を加えるくらいだ。
「……変ねぇ」
 ただ、ここ最近はそう言った一部の生徒達も見当たらなくなっていた。
 時折、以前も私の指導の対象であった生徒達を見つけ、意気揚々と目の前に立ちふさがったが、
「……おかしいわね」
「……どっちのことよ」
 頭からつま先まで嘗め回すように視線を上下させたが……どこにも校則違反は見つからない。むしろ学校のパンフレットに載せても良いくらいだ。
「あんた、その寝癖! 誇ちゃんに見つかるよ!」
「しまった! ちょっとお手洗い行ってくる……来ますね」
 私でも気づかないくらいの髪跳ねを彼女の友達が気付くと、二人揃って廊下の奥へと小走りしていった。
 目を丸くしたままの私は、彼女達の歩き去った方向をしばらく眺めていると、タイミングよく何やら満足気な表情を浮かべた誇ちゃんが、軽い足取りでこちら歩いてきた。手に持った竹箒を左右に小刻みに振る様子が、彼女の上機嫌さを表しているようだった。

「誇ちゃんが美化委員になってから、校内のポイ捨ても減ったし、生徒たちのエチケットも良くなったって評判よ」
 ここ数日、私の目や耳で確認した学校の少なくない変化を、素直に彼女の功績と捉えて感謝の意を表した。
「ふふ、わたしはどんなごみも見逃さないの」
 大きく胸を張り、私の言葉を受け止めた彼女の鼻は天を仰ぎ、満足そうな表情を全く隠していない。
「さ、流石だね、誇ちゃん」
 再度、彼女の目線を私に向けさせるべく彼女に声を掛ける。
 はっとした表情を浮かべた彼女は再び私に向き直り、少しだけ照れた表情を浮かべた。
「んー、ん? あっ!」
「へ?」
 突如声を上げた彼女に若干驚き、はっとした表情を浮かべたまま、何やら私の顔、さらにそこの一点をじっと見つめてくる。
「ちょっとこっち来て」
 誇ちゃんに手招きされ、彼女の近くまで歩み寄ると、彼女は私の顔を覗き込むようにさらに近づき、当の私は気恥ずかしさから戸惑いの声を上げる。
「な、なに? どうしたの?」
 誇ちゃんの真意を把握できなく、疑問の声を彼女に投げかけた際、地面から小さな風切り音が聞こえた。
——ぶちっ
 直後、私の視界に火花が散ったような錯覚を覚えたかと思ったら、いつのまにやら誇ちゃんは人差し指と親指で糸くずのような何かをつまみ、しげしげと凝視して——私の目尻に急速に涙があふれ——。
「ぎゃー、ぐわっ! いたいっ、イタイッ、痛い!」
 突如火が付いた痛みに膝から崩れ落ちた私は朦朧とした意識の中——湧き上がる痛みの箇所、垂れる鼻水、潤んだ瞳で霞む糸くずのような何かをつまんだ誇ちゃん。
 明晰と自負する私の頭脳が想定外の真実に辿り着いた。
「ちょっと!なにするのよ!」
「ごみが出てたから取ってあげたの」
 膝を奮い立たせて立ち上がると、誇ちゃんがのけ反る程彼女に詰め寄る。
「いや、あ、あの、それわたしの鼻毛だから!、ごみじゃないから!!」
 私の剣幕に誇ちゃんも事の重大さに気付いたのか、口を戦慄かせ始める。
「うう、ゴメン、この学校を美化したい一心で思わず手が出ちゃったの、うう」
 互いに涙ぐむという光景の中、誇ちゃんは私の癇に触れることを悪気無く口に出す。
「いや、わたしの鼻毛がそんなに景観を見出してるっていうの! ……確かに恥ずかしいけど」
「ううっ……ん」
 両手で顔を覆い、すすり声をあげる彼女。
 何故だか私が理不尽に彼女を責めているように思えてきて若干の罪悪感が沸いてきた。
「ま、まあ良いわよ、わたしだから許してあげるけどこんな無茶なこと他の人にしちゃだめよ」
「うん!」
 許しの言葉を受けた誇ちゃんは、すぐさま声色が変わり、表情を覆った両手を下ろすと安心したような表情を浮かべて……。
「あっ、こっちもでてる」
——ぶちっ!
「ぐわっっ! ふがっ! 油断したっ、こんにゃろーー!!」
 反対側の穴から鋭い痛みが走り——もう理由が分かっているが、この痛みから逃れるように体を懸命にくねらせることしかできなかった。

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