【Novels】祝賀祭餅子の日常「誕生日プレゼント」

The daily life of Mochiko

早朝、自宅から数キロ離れた玩具屋さんまで車を走らせる。あくびをしながら車内ディスプレイに視線を送ると、時刻はちょうど午前十時を回ったところだ。
 せっかくの休日、時間を気にせずゆっくり睡眠を貪ろうと考えていたが、朝早くに布団を剥ぎ取られ、強引に起床を促された。
 突如、運転席の後ろからシートを叩く衝撃が響いてきた。
 バックミラーから後部座席の様子を伺うと、朝俺の布団をはぎ取った張本人が顔をのぞかせていた。
「今日は、私の、誕生日!」
「分かってる、今日聞いたのは二度目だからな」
 俺の返答に満足気な笑みを浮かべた幼い彼女は、「早く着かないかな」という気持ちを体を揺らしながら表現していた。

 玩具屋さんに着くなり、てくてくと駆け足で中に入っていく娘を追いかけていくと、女子向けのぬいぐるみコーナーの前で棒立ちになる娘を見つけた。
「ねー、ぱぱ、あれ買って」
 娘が指さす方向へと目を向けると大中小、様々な大きさのぬいぐるみが肩を並べている。
「え、どれのこと?」
「これ」
 彼女が指さす方向に若干不安になりつつ、念押しの確認をしてみる。
「この大きな……くまさんぬいぐるみ?」
「そう」
 何故だか得意げな表情を浮かべる娘をよそに「いやでかいなー、こっそり値札見てみよ」と心の中で唱えながら、ぬいぐるみの後ろにあるタグを確認してみた。
「1万円もするのかよ!」
 想定外の値段に心の声が飛び出す。数秒後、我に返り娘の顔を確認すると先ほどまでの笑顔は消え、少しだけ不安げな表情を浮かべていた。
「流石に買えないよ」
 勇気を出した俺の一言に、彼女は自身の不安が的中したことを悟ると、一気に涙目になっていた。
「買って、……買って買って!」
「……ダメ」
「買って!買って!!買って!!!」
「ダメったらダメ」
「ひーん」
 いくら誕生日プレゼントとはいえ、諭吉さんが一枚飛んでいくものを簡単に買うことはできない。
「置いてくよ」
「ひーん」
「……」
 娘と距離を取って様子を伺っても、その場から一向に動く気配がない。両手で顔を隠しながら泣きじゃくる娘に少しずつ同情してしまう……五分くらいたっただろうか、諦めの気持ちが大きく鳴った俺は、彼女に再び声を掛けた。
「仕方ないな、大きいのは買えないけどもう少し小さいのなら買ってあげるよ」
「やったー」
 さっきまで泣きじゃくっていたはずなのに、急に笑顔が戻ったことは引っ掛かったが、虫目の笑顔には親は弱いものだ。
「うーんうーん」
「ほらあっちのくまさんのほうが小さくて可愛いんじゃないか?」
「うーん、うーん」
 よし、少しずつ小さいくまさんに誘導して行こう——高すぎるプレゼントは娘にもよくはない、これは娘の成長の為でもあるんだ。
「これも可愛いかも!」
「いいよ、可愛いサイズのぬいぐるみになったよ」
「かわいいサイズ?」
「ん? あ、いや、なんでもないなんでもない」
「じゃあレジ行こうか」
「うん!」

「5万円になります」
 レジのお姉さんが発した言葉に衝撃を受ける。
 値段は可愛いくなかった、予想外、高すぎる、どうしよう、普通大きい方が高いんじやないの?
 可愛いサイズという思い込みから、レジに来るまで値段の確認を怠ってしまった。表示された値段に体が固まり目が点になってしまう——確かに毛並みが良かったもんな。
「パパ早くー」
 呼びかける娘がぬいぐるみを抱えている。お金は払っていない、まだ間に合う。
 口をぱくぱくさせながら、何とか声を、
「パパー」
「あっ、持ってちゃった」
 もう引けないー、買うしかないけど手が震える。
「5万円になります」
 明日からしばらく昼ごはん抜こう。

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