さらさらと小さな音を立てながら雨が降っている俺は校舎の窓から校庭を眺めていた。午前中から降り続く雨の影響で、校庭の砂が浮き上がり、ゆらゆらと動いている。
六月に入ると雨が降る日が多くなった。毎年恒例のことではあるが、憂鬱な気持ちで学校に来る日が多くなる。面倒くさいことに傘も持参しないといけないし。
何気なく窓についた水滴が流れてく様子を見ていた。下に流れていくにつれて大きくなるとスピードを上げてサッシまで流れていった。
視線を教室に戻すと、花瓶に飾られた花が蛍光灯の光に照らされ、みずみずしく映えていた。
次の授業の準備をしようと使えの中に手を入れると、触りなれない感触が返ってきた。
机からそれを取り出すと一冊の本だった。
「……あっ、忘れてた」
本の表紙を見て思い出した。国語の授業の参考に、先週図書室で借りてきた本だった。
時計の針は午後十二時三十分を回ったところだった。午後の授業までは時間がある。
借りた本を手に持つと「仕方ないな」と心の中で呟いた——まあ、せっかくだし面白い本がないか見に行くのもいいだろう、と少しだけ前向きな気持ちを持って教室を後にした。
*
お昼休憩時の担当である上級生であろう図書委員に本を渡し、手続きが終わるまでカウンターの前で待っていた。周りを見渡すと、次に読む本を選ぶため、本棚の前で吟味する者や机に座り分厚い本を熱心に読む女子——小夜中がいた。
「さ……」
右手を上げ声を掛けようとした際、カウンターの中にいる図書委委員の女子に少し強めの視線を向けてきた
「すみません」
ゆっくりと上げた手を下げ、少しだけ強張ったであろう笑顔を上級生に返した。
*
図書カウンターで借りていた本の返却処理が終わると、南側のテーブルを利用している小夜中が気にかかった。
小夜中のテーブル横に来たが、彼女は本に熱中しているようで俺のことに気付いていないようだった。
彼女は小学生が読むには極めて熱い本を読んでいた。小さい体に不釣り合いな本を、目を輝かせながら隅々まで目を運ばせながらページをめくっていた。
「その本面白いのか?」
「……ふぁっ!」
小夜中は俺の顔を確認した後、何故だか一秒くらい遅れて、素っ頓狂な驚き声を上げた。
さらに自分の挙げた声を認識すると、次第に顔を赤くさせ持っていた本で顔全面を隠した。
「ごめん、急に声を掛けて」
「……」
小夜中の顔が隠れた代わりに、気になっていた本の表紙が確認できた——『emma』と表紙に書かれていた。
「海外の小説? すごいな」
小夜中は隠していた表情を目元までを見せると、俺の問いかけに対して小さく首を横に振った。
しばらくの間二人で視線を合わせていると、小夜中は手に持っていた本を俺に見せてくれた。
「……読む?」
「いや、俺にはまだ早いかな」
小夜中の提案に、反射的に思わず聞き返した。
「そう……」
小夜中は目を丸くしてそういった後、もう一度本へと視線を移した。
彼女がページを読み進める表情はいきいきとして、真剣な表情から驚きを感じている様まで変化に富んでいた。
小夜中の時間を遮ることはやめた俺は、彼女に軽く手を振った後、その場を後にした。
「うーん……」
昼休憩の時間が迫っている中、いつもは来ない図書室の本棚前に来ていた。
学校に置かれている書籍の中でも、中高生が好んで読むような本が並んでいる。
小夜中が読んでいたものと同難易度と思われる本は並んでいないが、小夜中に触発されて興味の惹かれたタイトルが書かれた本を開いてみた——そっと閉じた。
「しまった。もうこんな時間だ」
俺は独り言をつぶやくとしっかりとした足取りで図書室を後にした。
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